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選手の名前を覚える努力を
特集 2022.07.06

選手の名前を覚える努力を

#バンクのつぶやき

去る6月19日、岸和田競輪場で「第73回高松宮記念杯競輪」の決勝戦が行われ、大阪の古性優作(こしょうゆうさく­=100期生)が優勝した。

表彰式には皇室から彬子女王陛下がご臨席され、昨年8月のオールスター(いわき平競輪場)、今年2月の全日本選抜(取手競輪場)についで3度目のビッグタイトルを制覇した古性選手の活躍を称賛された。

競輪が始まった昭和時代、大阪では横田隆雄、山本清治、石田雄彦、中川茂一、西村公佑選手らが大勢のフアンに支えられて活躍した逸話が残っているが、これからは古性選手が大先輩の功績を胸に秘めて頑張ってくれることだろう。   

また、施行者の岸和田市にも喜ばしい出来事があった。それは、車券の総売上額を90億円と予想していたのが91億円代まで伸びたこと。これも大きな成果だったが、右端の駐車場の写真を見ても分かるようにフアンの皆さんが今大会をどれほど楽しみにして来場されたか。今から来年のことを考えたくなるような気持ちで取材を終えた。

話は変わるが、前回、この欄に「私は競輪のことは何も知らぬまま担当記者になり、同じ年に日本競輪学校を卒業した26期生と同期生だ」という気持ちで彼らの成績を調べながら競輪にしがみついた思い出を書かせてもらった。

ところが、オールスターの終了後、知人から「前回は26期生の記事が載ったが、なぜ、彼らの成績を調べたの?」と聞かれた。それには「選手の名前を覚えるためです」と答えたが、とにかく26期生から44期生がプロ入りしたころまでの約20年間、新人選手の初戦からの成績をできる限り記録した。

例えば27期生がデビュ-した時、北は北海道の選手から

野呂良二(北海道)平 43⑨ 立川31⑦ 静岡44②。

大下政則( 同 )平 25⑤ 花月園31① 前橋22③。

柴田 武(宮 城)宇都宮31④ 松戸11⑧ 静岡11①と

いった初戦からの着順など、26期生と同様に27期生以降の

選手の成績も記録して新人の名前を覚えることに精を出した。

そうした作業の中で群馬の須田知光が、前橋11①、川崎11①、奈良11①、取手11③着になり、取手の初日に10連勝を達成し27期生でA 級特進の一番乗りを果たした。

当時はB級とA級の2階級制度だったが、須田の次は宮城の小山靖、栃木の上山公将、大阪の小田真美、神奈川の藤巻清志(後日、北海道)、埼玉の熱海茂、同県の竹野有一といった選手が次々に特進したのも総て記事にした。

フアンの皆さんにすれば、「そんな詳しいことまで書かなくても」と言って笑われたと思う。しかし、車券を買ったこともない男が26期生、27期生、28期生らのことを紙面に掲載したことが私には競輪にしがみ付く好材料になったと思う。

新人選手の原稿を書き始めてから3年後、初めて大津びわこ競輪の開催日の紙面に◎、〇、△印などを付け、担当者の欄に自分の名前が載ることになった。

こうして新しい段階に入ったが、その後、競輪界には新人選手全体の紹介記事は非常に少なく、そこで私は考えた。競馬、競輪、競艇、オートレースなどの公営競技で一番難しいのが競輪ではないかと。なぜなら、フアンの皆さんに選手の強弱を判断してもらう参考材料が少ないのではないか。

ではどうすれば良いのか。私自身としては新人選手の名前や成績などを当人が暮らす周辺の人や、中学、高校時代の友達、さらには同じ府県の人達に知ってもらうため、スポーツ紙などにもっと盛大に新人を紹介してもらうことができないものか。  

競輪を知らずに競輪界に入って半世紀。その間に体験した競輪の面白さ。これだけは皆さんに心からお伝えしたいものだ。

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