競輪界の6月といえば、前期の締めくくりとなる月だ。1月から6月までの平均競走得点で、翌年1月から6月までの級班が決まる。さらに、代謝制度によって、この6月で選手生活に区切りを付けなければならない選手も出てくる。ボーダーライン付近にいる選手たちが必死になるのは、当然のことだ。
今はSNSで、日々変化する選手の競走得点を発信してくれるファンがいる。自分で見ることもあれば、それを見た人から話が入ってくることもある。この選手はS級がかかっている、あの選手は代謝の危機にある――そんな情報まで、車券検討の材料になってくる。
悲しき競輪ファンよ。脚力、並び、展開に加えて、こういう情報まで考えながら車券を組み立てるのだから、頭がいっぱいにならないように気を付けたい。俺はこういう情報に疎いから、知らずに外すこともあるし、逆に知らなくてよかったというケースもある。ただ、点数がかかっている選手が必死になるのは人間なら当たり前で、火事場のばか力が出る場面も何度も見てきた。
競輪場に到着したのは昼過ぎ。今日はGⅠの前の、岐阜と玉野のGⅢ最終日。もちろん向かったのはラーメン店だ。そこそこ混んでいる。まあ、日曜日の昼に混んでいなかったら、むしろまずいか。そんなことを考えて一人で苦笑いしていると、厨房の湯気のすき間から、こちらに気付いた店主のマサさんがにこりと笑ってくれた。
こちらが手を上げながら「チャーシューメン」と声を掛けると、マサさんはわずかにうなずいた。やたら大声を張り上げる繁盛店より、俺はこのやり取りが好きだ。すっきりしたチャーシューメンを食べ終えると、スタンドへ移動した。
開催中ではないので、ほかに人はいない。上段の方に腰を下ろし、風が穏やかに吹き抜ける中で、紙コップのホットコーヒーをすする。この時間がいいんだな。分かってくれるかな。3席を使って岐阜のレースをおおざっぱに検討していたら、いつの間にかうとうとしていた。
腕時計を見ると、もう2時。疲れているのかな。すぐに昼休み中のラーメン店に戻ると、常連のトミさんとタナカくんが座っていた。
「遅いですよ。もう決勝の検討会は始まっていますよ」
タナカくんがそう言ってきたので、俺はこう返した。
「もう軸にする選手は決まっている。五日市誠!」
五日市誠は青森の89期、41歳の追い込み選手。今年5月のGⅠ日本選手権競輪にも出場し、このラーメン店でも話題になった。時折見せていた自力はほとんどなくなり、今は追い込み一本。3月の西武園GⅢで8カ月ぶりに決勝に乗ってから、コンスタントに決勝進出を決めている。
ダービーの3走目、佐々木豪のまくりに切り替えて抜いた2着のレースで、当たりがついたのではないかと思っている。最後は神田紘輔の外強襲に屈したが、反応がよく、伸びも目立っていた。そのダービーのあと、今回の岐阜まで3場所連続で決勝に進出。昨日までの12走は3勝、2着3回。成績が示す通り、好調が続いている。どこか、走っている姿に余裕を感じる。
目標に恵まれているからだろう、という声もあるかもしれない。ただ、前の自力選手が積極的に攻めてくれるのも、後ろの選手の実力のうちだと俺は思っている。番手を回れること自体が、すごいことなのだ。今回のGⅢでも、嵯峨昇喜郎、森田一郎、高橋舜がいいレースをしてくれて、2着、2着、1着で決勝に進んだ。
決勝のメンバーは、北日本勢が③高橋舜―⑦嵯峨昇喜郎―⑤五日市―②竹村勇祐―⑥中田雄喜の並びで5人が結束。これに地元の①岩井芯―④川口聖二に⑧小堺浩二が付く中部ラインがどう立ち向かうか。さらに⑨内藤秀久も単騎で流れをうかがう構図だ。
大方の予想は、岩井がスタートを取って前受け。高橋が上昇したときに、さあ岩井がどうするか。考えられる選択肢は、次の3つだった。
① 北日本勢を出して、そこからまくっていく。
② 高橋を出させず、突っ張って逃げる。
③ それでも高橋に前へ出られ、2番手の嵯峨を飛ばしにいく。
この3択から、俺が選んだのは①の真っ向勝負。これが見たいんだもの。そうなれば、岩井がまくってきたときに嵯峨は番手から出る。いいところを回っている五日市の1着、2着から3連単を狙う形だろうと、トミさんと意見が一致した。
そこへ口を挟んできたのがタナカくんだ。
「いや、今の岩井のスピードはすごいですよ」
それを聞いて、まくられた嵯峨が地元勢に切り替え、最後に五日市が伸びて3着に入る3連単①④⑤も押さえることにした。さらに店主のマサさんがひと言。
「岩井は準決勝で、前受けから番手を取るレースをしていたじゃないですか」
その場合、地元勢に続く3着は、逃げ粘る高橋か。ならば①④③も押さえるか。こうして、ラーメン店の決勝検討会は、なんだかんだで形になっていった。
レースは、高橋が押さえてきたところで岩井が車を下げ、6番手から巻き返す展開になった。岩井は力ずくでまくって押し切り、2着は迫った川口。3着には、地元勢を追った嵯峨を最後に抜いた五日市が入った。タナカくんの意見を参考に買った押さえ車券が、うまく的中した。3連単は①④⑤で5,200円。これは十分な配当だった。
堂々としたレースで勝ち切った岩井には、もっと強くなってほしい。高橋を目標にした嵯峨は、番手から出るか、岩井を阻みにいくか、川口を止めにいくか、迷ったと思う。それが痛いほど分かる。
五日市にとっても、この3着は大きい。もう一度GⅠの大舞台を見据えるうえでも、価値のある結果だったはずだ。後厄の年にここまで走っているのだから、やっぱりすごい。
タナカくんに『ありがとう』と言ったら、トミさんとマサさんは、この車券を持っていなくて憮然としている。素直さは幸せを生む、という言葉を知らないのかね。