満身創痍のなか戦線に復帰「あとは這い上がるだけ!
昨年の秋に練習中に落車し「右ひざの半月板断裂」の重傷を負い戦線を離脱した。その後、入院とリハビリを経て、3月久留米のミッドナイトケイリンで昨年9月の高松以来およそ半年ぶりの復帰を果たした。「2か所断裂しました。歩けないしこれはダメだと病院へ行ったら即座に手術だった。あんな痛いのは初めて。声が出ましたから(苦笑)」
思えば近年の小野は満身創痍。2年前には左ひざを故障し、約半年ほど欠場している。「まさか両ひざのけがをするとは思わなかったけど、今回の方が断然に痛かった。そのあともリハビリ中に肉離れになって1カ月復帰が伸びました」と今回も復帰までには紆余曲折があった。
「練習を再開した当初、右足はダシを取った鶏ガラみたいだった。負荷をかけられないから怖かった? 怖いっていうより痛かった。その頃に比べればマシになってきたけど、実戦はまた違いますから」と万全には程遠いなか、久留米を復帰場所に選んだのには理由があった。「1個前に地元戦があったから気合で走ろうとしたけど間に合わないと思った。ただ、久留米までにはどうにか行けそうだなと。あとはこれ以上空くと、独走のタイムを計り直すこともあるかもしれなかったんです」と打ち明けたが、動機はもうひとつ。
弟子の甲斐俊祐と初の同時あっせんだったからだ。これまで一匹狼的な立場で孤高の存在だった小野が、初めて預かった一番弟子だ。「俊祐をよろしくお願いします。厳しい目で見てやってください」と開催中、現場の職員や新聞記者にかいがいしく挨拶して回る小野の姿から、甲斐の存在が大きなモチベーションアップになっているのだとうかがえた。
長期欠場したこともあり競走得点は0からのスタートとなった。結局このシリーズは7着を3本並べてしまったが「7番車だったし一番下。もうこれ以上落ちる事は無いし、あとは這い上がるだけ。伸びしろしかないと受け止めています。今後も自分を高めて頑張りますよ。もう少し見ていて下さい!」と前を向き自らを鼓舞した。
かつて〝豊後の虎〟と呼ばれた競輪界を代表する大スターの1人だ。焦らず、慌てずに牙を研ぎ続けて復権の時に備える。