「あんな経験はお金では買えない」
“豊後の虎”の異名を取った小野俊之の引退は、一つの時代の終わりを感じさせる出来事だった。グランプリ覇者にして日本屈指のマーカーとして君臨したが、最後はヒザの故障との戦いに勝てなかった。豪快に酒を酌み交わす人間味あふれるキャラクターでも知られたが、晩年は苦しみ抜いた姿もまた、多くのファンの記憶に残るだろう。
GP覇者でありながらチャレンジ戦の一般戦で7着――その振れ幅こそが、彼の言う「上から下まで全部の景色を見た」証しでもある。トップの栄光も、どん底の現実も知る稀有な存在だった。
今後は地元・別府競輪場を拠点に、解説者として新たな道を歩む。S級トップの心理からチャレンジのベテランの葛藤まで理解できる視点は、間違いなく唯一無二。ファンに寄り添う評論家として、さらに人気を集めていきそうだ。
その引退レースで前を任されたのが片山直人。2日目、最終日ともに主導権を握る走りで花を添えた。
「あんな経験はお金では買えない」
という言葉どおり、地鳴りのような声援、特別競輪決勝のような空気感は、まさに小野俊之という存在の大きさを物語っている。結果以上に価値のあるレースだったのは間違いない。3着に終わった引退戦でも、あのヨコの動きには称賛の声が多く、“最後まで小野俊之だった”と言える内容だった。
かつては当たり前だった検車場での盛大な見送りも、コロナ禍以降は減少。それでも今回は各地から大物選手が駆けつけ、特別なセレモニーとなった。どれだけ愛されていたかがよく分かる。
一方で、片山直人は現在A級中堅という立場ながら、通算400勝まであと7勝。44歳という年齢を考えても、まだまだやれるだけの脚はある。もともとスプリンターとしてのキレは抜群で、展開ひとつで上位進出も狙える存在だ。
静かに去っていく選手が増えた今だからこそ、小野俊之のように多くの人に見送られる引退は特別だ。そして、その背中を間近で見た片山直人が、これからどんな走りを見せていくのか――。
メモリアル達成へ向けた、アグレッシブな走りに期待したい。――玉野競輪場より。