4月7日、川崎市内で大型クレーンの解体中に重りが落下し、作業員が亡くなるという痛ましい事故が起こった。亡くなった彼のために自分は何ができるのか――。高橋が出した答えは、レースで1着を獲ることだった。
「亡くなった彼は、息子と小学校からの仲間で、中学時代はシニアで息子が投手、彼が捕手としてバッテリーを組んでいたんです。高校は別々でしたけど、家にもよく遊びに来ていましたし、息子の良き理解者でした」
高橋の息子は現在、強豪大学へ進学し、将来を嘱望されている。
悲しみに暮れる中、高橋は4月20日からの松山開催に参加した。
「事故が起こってから、ずっといろいろ考えていました。自分たちはこうして生きているのに、彼はもう……」
眠れない夜が続いた。それでも、1着を取って彼に届けたいという思いがあった。近況は決して良くなかったが、今回は何がなんでも勝つという気持ちが強かった。
「やるしかない」
そう覚悟を決めて臨んだ予選では、同県の鈴木裕と連係。鈴木が6番手となり、最終3コーナーから仕掛けたが車は伸びず、4コーナー入口では最後方という大ピンチ。それでも、そこから外を踏み込んで5着まで追い上げた。前との差はわずかだった。
「伸びは悪くなかったですが、1着を取れなかったので。2日目、頑張ります」
迎えた2日目の選抜戦は単騎での競走。
「切れ目から、流れに応じて攻めようと思っていました」
初手は7番手。坂本貴史-松永将-斉藤竜也が前受けとなり、才迫開が抑えに動くと坂本が突っ張る。高橋はすかさず切り替えて4番手へ。最終ホーム前、高橋が動いた。
「本当は外からまくるつもりだったんですが、体が勝手に反応した」
内を突いて番手に飛び付き、松永と併走。競り勝つと、最後はゴール前で坂本を捕らえた。2月小田原最終日以来となる今年2勝目だった。
「供養という言い方が正しいかわからないですけど、自分なりに彼へ1着を届けることができました。事故があって、死について考えましたし、自分は今、頑張ることができる職業に就いている。それは当たり前じゃないんだと、改めて彼の死で気づかされました」
言葉を詰まらせながら語った高橋。悲しみを抱えながらも、自分にできること、やるべきことを全力で貫いた。高橋の強い思いがにじむ一戦だった。