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直送!競輪場便り from 奈良競輪場  岡部芳幸(福島66期 )
インタビュー 2022.04.13

直送!競輪場便り from 奈良競輪場 岡部芳幸(福島66期 )

#競輪場便り

息子と歩むレジェンドの夢

分厚い胸板と、いかにもパワーを秘めた太ももで堂々と闊歩(かっぽ)する姿とは裏腹に、人なつっこい笑顔は何も変わらなかった。22年3月1日、約30年ぶりのS級からA級で迎えた今期5場所目の奈良ミッドナイトの前検日にそのレジェンドが姿を現した。「奈良はいつ以来か覚えてないですね。駅の様子がずいぶん変わっていて、出るとこを間違えちゃったよ」と快活に笑う声で少し緊張気味の報道陣を和ませてくれた。

A級での4場所は地元のいわき平で決勝進出(7着)はあったが、流れに乗りきれないレースが続き決して好リズムとは言えなかった。それでも表情に陰りはなかった。ミッドナイト初戦となった西武園最終日には先行逃げ切りで、SNS上でも話題になった。「久々の先行逃げ切りだったからうれしかったね」と前で戦う経緯からレース展開まで、微細に渡ってうれしそうに話してくれた。

A級降格には「しょうがないよね。時代だから。レース形態も変わっていく中で息子と同じ世代の連中と競ってるわけだから。よくやってる方だと思うよ」と51歳になった自分を振り返る。90年にデビューしてから8カ月でS級に駆け上がり、以後は一線級で活躍してきた。2000年3月千葉で行われたGⅠ日本選手権では最終バック9番手の位置から猛烈な追い込みで、いつまでも語り継がれるダービー王となった。優勝インタビューで「伶音(れお)、やったよ!」と生後間もない長男の名前を叫んだ。その伶音の23年のデビューを目指す競輪養成所合格の朗報が届いた。「長男と3歳下の次男も競輪選手を目指しているんだよ。祐大(新田)とかに憧れてね。息子たちにとって俺はただの普通の選手だけど、デビューするまでは現役でいたいよね」とこれ以上ない刺激をもらった。

奈良の初日特選は前を任せた北の後輩・赤塚悠人の仕掛けが遅れて6着発進となった。その赤塚を呼び寄せ、こんこんと反省を促す姿は真剣そのものだった。2日目以降は、関係者にコロナ陽性者が出て中止となり、勝ち上がりは見られなかった。しかし自分のレースに目をたぎらせて振り返る姿に、意欲の衰えはないと確信できた。息子たちと次の夢に向かって歩む勇姿をしっかり見守りたい。

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