●4月のベストレース 村上博幸(86期・京都)
名古屋競輪GⅠ「第79回 日本選手権競輪」4月29日 S級一次予選4R
スピード競輪において追込選手が魅せたレース
トップスピードが上がりタテ型がトレンドの中心にいる競輪界。もちろん特別戦線ともなるとその具合は特に顕著になり、スピードへの対応に追われる追込選手の立ち位置は、いつしか脇へと追いやられていった。そんななか、村上がいぶし銀の立ち回りで追込選手として存在感を示した。
この日は池野健太マーク。ホームで池野が先頭に立ったが、小原佑太のカマシを浴びると「ホームでのカカリのスピード差を感じて」と切り替えた。そのあとの判断が冴えていた。一旦は車を外に持ち出したが「スピード的に余裕が無いと思って」と自重。最終バックから3角にかけて長島大介のまくりが飛んでくると、長島マークの諸橋愛をドカして飛びついた。直線ではコースをかぎ分けて瞬く間にゴール線を突き抜けた。「コースを縫うのは脚力に余裕があればある程度できるんですよ。本来ならもうちょっと突き抜ける感じはあったんですけど。これは年齢ですね」と控えめに笑った。
直線の伸びもさすがだったが特筆すべきポイントは3角のプレーだ。「(大森)慶一は空けないだろうから内は無理だし、自分で踏んでも前には進まない。そこで、とっさにバックを踏んだ。バックを踏むと後ろのラインがまくりに行きやすいスピードになるんですよ」。自ら踏む脚もなく、だからといって近道の内も空きそうにない。それなら、まくりラインを誘ってハコをさばくという巧妙な技だった。瞬時に思いついたといい、しかも長島ラインの動きはわかっていたという。「前に踏んでも進まないのに、諸橋さんが口が開いていたのを見る余裕はあったんです」というのだから恐れ入る。2010年のダービー王はこれまでいくつもの修羅場をくぐってきた本物のプロ。追込稼業に生きる男が本懐を遂げるレースだった。