いつもは競輪場に着き、ラーメン店へ顔を出して──というくだりから始まるのだが、今回は違う。昨日、**西武園競輪場**で行われている西武園記念の2日目を生で見るため、西武線の西武園駅に降り立ったところからスタートだ。
この西武園には青春の思い出がある。競輪を覚えたての学生時代、約40年前のことだ。同じサークルの女性と付き合っていて、コンパで夜遅くなると家まで送り、帰りの電車がないから泊まらせてもらっていた。両親と弟と一緒に暮らしている家だ。誤解なきよう。こちらも度胸があったのだろう、平気で風呂に入り、用意してもらった浴衣に着替えてぐっすり寝て、翌朝は母親と彼女が作ってくれた朝食をぺろり。彼女が俺のことを両親に悪く言っていなかったのは確かだ。
朝は二人で出かけるのだが、こちらは競輪場へ、彼女は学校へ。こんな男と2年間もよく付き合ってくれたものだ。別れを切り出したのは、こちらの方だったし……。彼女はけなげだったな。送っていく理由の何割かが、翌日の競輪だったのだから。
さて、昨日の話に戻そう。西武園駅の改札を出た俺は、なぜか競輪場がある右ではなく、左へと足を向けていた。何かに引っ張られたとしか言いようがない。しばらく歩くと住宅街が広がり、整然とした道に似たような家が立ち並ぶ。その光景は当時も今も変わらない。この角を左へ行けば、学生時代に付き合っていた彼女の家があったはず──そう思って曲がった瞬間、あの彼女を思わせる後ろ姿の女性が前を歩いていた。
何秒か逡巡したが、結局は引き返して競輪場へ向かう俺。彼女だったのか? いや、そんなわけはない。この行動を笑わば笑え。
もっとも、このバンクとの相性もよくない。競輪の方は3戦3敗。自分でも集中できていないのがわかったので、早々に退散した。その夜はVTRを何度も見て選手研究をしたものの、いつもの自分ではない感覚だけが残った。
今朝もその余韻が抜けず、競輪をどうするか迷ったが、いつものラーメン店で喝を入れようとやってきた。
気持ちを奮い立たせて店に入ると、トミさんとタナカくんがいた。「昨日は西武園へ行ってきた」と言うと、タナカくんはまだ行ったことがないという。あそこはバンクが下に掘られていて、入場すると走路を眼下に一望できる。ローマやギリシャの劇場のような光景で、思わず「おおっ」となるんだ──と語ってみたが、「そうですか」とつれない返事。トミさんを見ると、競輪新聞に没入中。人が話しているのに。
もちろん青春の一コマは語らない。酒の肴にされるのは御免だ。
そのトミさんに「3Rの小堺浩二を買ってみようと思う」と言うと、すぐに顔を上げた。これだもんな。
小堺は石川のまくり屋。91期で43歳。苗字は「こさかい」ではなく「こざかい」と読む。デビューは2006年7月、もうすぐ20年選手だ。2023年のダービーで初のGⅠ出場という遅咲きだが、侮れない。スイスイとまくってしまうシーンは、穴党の頭から離れない。最近は予選をまくりで突破し、準決では苦戦しつつも、最終日に確定板へ顔を出すことが多い。
今回、一次予選は内からすくわれて9着。2日目の選抜戦は、前を任せた同期の柴崎俊光が落車するアクシデント。それでも外にへばりつき、踏み上げて4着と見せ場は作った。トミさんも「そろそろ来ると思っていた」と言う。それならばと、⑦小堺と③土生敦弘の表裏から、①庄子信弘、②蒔田英彦、⑤土屋裕二、⑥鈴木幸起への3連単、さらに小堺と土生で挟んだ3連単を少々購入。
レースは最終2コーナーから①庄子がまくり、③土生、⑦小堺が追って4コーナーへ。⑦小堺、③土生よ、突き抜けろ──と祈ったが、そのまま①③⑦。3連単は1万6570円。むむむ、無念。くくく、悔しい。上がりタイムは小堺と土生が11秒1。つまり庄子が強かったということだ。
彼女の“怨念”がこもったこのバンク。どうもいい思いをさせてもらえないな、と思いながら帰路についた。
追伸。最終日は用があり競輪場へは行けなかったため、小堺が出る5Rの選抜戦をCTCでもう一度買ってみた。⑤木村佑来と④松本秀之慎が踏み合えば、①小堺のまくり頃。⑦森川大輔との表裏から、③梶原海斗、⑤木村佑来、⑧庄子信弘、⑨筒井敦史への3連単。さらに③梶原-⑨筒井の2段駆けに、①小堺と⑦森川を絡めたものも少し。
しかしレースは、突っ張った⑤木村を⑧庄子が差して1着。⑤木村が2着に残り、④松本が3着。⑧⑤④で3連単は2万8190円。小堺はタイミングを逸し、内に詰まって4着。またも庄子か。しかも宮城コンビのワンツー。
そこでふと思った。彼女のお父さんは東北なまりがあった。もしかして宮城県出身だったのか。西武園でいい思いをさせないのは、彼女の怨念ではなく、親父さんの方なのかもしれない。