最寄りの駅へ向かう途中。中学校の校門付近で、卒業式を終えた子たちがたむろしている。眩しいな、まったく。
この時期を表す言葉で、「啓蟄(けいちつ)」というのを知っているだろうか。含蓄をひけらかすのはどうかとも思うが……。一年の季節の移り変わりを表す二十四節気のひとつで、春の訪れを告げる節目だ。
啓は「ひらく」、開放を意味する漢字で、人の名前にもよく使われる。蟄は土の中で冬ごもりをしている虫や小動物のこと。つまり啓蟄とは、冬が終わり、生き物たちが動き出す季節の幕開けを表す言葉だ。例年は3月5日ごろから始まり、これが終わると、次は3月20日ごろの春分を迎える。昼と夜の長さがほぼ同じになり、生き物たちはさらに活発に動き出す。
卒業式があり、新たな出発の準備。期待と不安。すっかり春になった後よりも、なる前のこの雰囲気が好きだ。この時期の山菜もいい。
――ということで競輪場に到着。そのまま場内のラーメン店へ。店主のマサさん、常連のトミさん、そして俺たちが「婦人(以下フジン)」と呼んでいる女性が、店内のテーブルで話していた。この3人も、何十年前は中学生だったのか。
トミさんがこちらに気づき、右手を挙げながら声をかけてきた。
「ナイターまでいるの? 西武園のナイターGⅢで狙ってる選手がいるんだ。17時47分発走の6Rを走るんだけど」
えっ、実は俺もなんだけど。
「まさか、それって丸山啓一?」
トミさんも驚いた様子で、2回うなずく。さすがに眼は確かだな。周りからは「いったいどんな眼をしているんだ」と言われる2人だ。
「啓蟄だから啓一か」
フジンが笑う。へえー、とほほ笑み返す俺。意味が分からず、きょとんとした表情でこちらを見るマサさんとトミさん。
丸山啓一は静岡の74期、51歳。163センチと小柄で、マーク屋ではなく、鋭い差し脚が武器の追い込み選手だ。長くS級に在籍していたが、2018年7月に降級。その後はS級とA級を行き来する、いわゆる“エレベーター”状態が続いている。
年齢もあり、このままA級に定着する選手も多いが、50歳となった昨年のA級戦は違った。前期にS級の競走得点をクリアし、今期のS級昇級を決めると、後期はA級2班のためすべて予選回り。その予選を15戦して13勝、2着2回と、すべて連対。目標の動きに左右される追い込み選手にとって、この成績がいかに優秀か。もちろん優勝も果たしている。
これが「五十にして天命を知る」というやつか。1月からのS級戦ではさすがに決勝進出こそないが、20戦して2勝、2着5回、3着4回。3連対率は5割を超える。FⅠの負け戦ではまくりも繰り出した。
そして今回の西武園ナイターGⅢ。初日は前の2人に続いて3着。二次予選と3日目の一般戦は、最終バックで最後方となり7着、5着。ただ昨日の5着は、2センターで内を突いてスルスルと伸びる気配があった。最終日はやってくれそうな予感がして、足を運んだわけだ。
さらに、今期出走したGⅢの和歌山記念と高松記念(in小松島)では、いずれも4日間で2着と3着を1回ずつ記録。今回の西武園は初日が3着。もう一度、確定板に載る可能性は十分あると見た。
買ったのは、点数上位の自力型①黒沢征治、⑨野田源一、そして展開が向きそうな②松田治之を1着に据え、④丸山を2・3着に固定した3連単。計18点。どれも万車券で、6万円超えもある。思わずにやつく。この時間が競輪の至福でもある。
フジンは「私は黒沢とマークの⑤佐藤真一からいくよ。これが正しい車券」と、いつもの一言。買い方も決め台詞もブレない。そのスタイルには感心させられる。

レースは予想通り、⑧徳田匠が逃げ、①黒沢がまくる展開。徳田の番手で絶好だった②松田がブロックに行って落車。黒沢が番手にハマり、その後ろには内を突いた丸山。もらった、と思ったが――3着は伸びた⑨野田ではなく、逃げ残った徳田だった。
3連単は①④⑧で9万円超え。①④⑨なら持っている。3万7千円だったのに。
……声が出ないまま、10秒。アクシデントと先行有利の西武園バンクにやられた。フジンも憮然としているが、「車券は正しかった」とこぼす。
自分の判断が正しかったのか、間違っていたのか。迷い、失敗しながら何十年も生きてきて、「これが正しい」と言える基準を持つ――。すごいことだと思う。尊敬するよ、フジン。俺に褒められても嬉しくはないだろうけど。
今夜は、ふきのとうの天ぷらでも食べよう。山菜の苦味は、冬の間にたまった老廃物を排出し、春に備える体を整えてくれるらしい。
俺は年中、車券で苦い思いをしているけどね。果たしてその“苦味”は、老廃物の排出に効いているのか。それとも、ただ溜まっていくだけなのか。