今日は2月14日。静岡記念3日目、準決勝の日。昼の営業時間が終わったころを見計らって、競輪場のラーメン店に顔を出した。常連のトミさん、タナカくん、そして――あれっ、OL3人組が来てる。
軽く右手を挙げながら入っていくと、OL3人組が声をそろえて「ハッピー、バレンタイン!」と叫び、小さな紙袋をくれた。
うん? と思ってトミさんとタナカくんを見ると、彼らのテーブルの上にも同じ紙袋が置いてある。
そこへ厨房から顔を出したのは店主のマサさん。マサさんも同じ紙袋を顔の横で振ってくれた。やに下がった男どものツラは見ていられんな。……と言いつつ、彼らの顔を見て、すぐに表情を引き締める俺。ハードボイルドに生きるのはつらいんだ。
「なんで来てんの?」と、こちらから3人に声をかける。
「バレンタインのチョコレート、プレゼントしようと思って」――ほんとかよ。
照れの裏返しで「ほかに、きちんと渡す男はいないの?」と悪たれをつくのが、俺の悪い癖。
「いない、いない。いたらこんなとこ来ないよ」と一人が言う。こんなとこ、とはひどい言われ方だな。俺たちのパラダイスだぞ、ここは。
「男の子より競輪見てた方がいいよ」と別の娘。……それは果たして、いいことか?
周りの娘たちからは「あんた最近、嫌なことあったでしょ」と突っ込まれる。まあまあ、仲良くしなよ。
タナカくんがすかさず助け船を出す。
「高松記念in小松島で4連勝した石原颯に、彼女たち、心を奪われたらしいんです」
走りっぷりもそうだけど……顔か? やっぱり。確かに俺から見ても、いい男だと思うよ。
そしてタナカくんが「静岡記念にはイケメンで、しかも近況がいい簗田一輝と棚瀬義大がいるよ」と言ったら、見に来ることになったとか。去年までは新山響平、嵯峨昇喜郎だったんじゃないのかい。女心と秋の空――さすがに古すぎて、口にできないな。
残念なことに棚瀬は二次予選で失格しちゃったから、今日はもういないけど。
でも簗田、棚瀬とは、いいところに目をつけたな。もちろん顔じゃない。脚だ。
簗田は静岡の追い込み、まくりが主体の自在型。107期の30歳で、競走得点は112点。ここ2回の記念で決勝の確定板に載っている。地元記念で人気になるから、穴としての妙味はないけどね。
棚瀬は岐阜の先行選手。123期の26歳で伸び盛りだ。前回の奈良記念では先行とまくりで二次予選と準決勝を1着で勝ち上がり、決勝でも果敢に前へ出て3番手の好位を確保。そこから仕掛けたが力及ばずの7着。連日、動きは抜群だった。
それがフロックだったのか。1周333mのバンクだったからか。それともワンランク上がったのか――それを静岡記念で確かめようと思っていたのに……。
初日の一次予選は1Rの1番車。師匠の川口公太朗に最後は差されたが、先行して2着に粘った。今回もいけると思って二次予選で浅井康太との3連単を買ったら、あえなく失格だもん。今月25日からの前橋FⅠ、来月5日からの松山記念に期待しよう。
簗田の方は、初日特選こそ目標にした深谷知広がまくられて共倒れの6着。ただ、二次予選は、まくった郡司浩平にぴったりマークして4分の1車輪差の2着。悪くはない。……けど、「いい」って感じでもないみたいだ。
今日は10Rの準決勝を走る。①深谷-⑤簗田、その後ろに⑧渡邉雄太。地元3人で結束して決勝を目指す。
OL3人組の注目はもちろん簗田。車券の検討はこのレースが中心になる。俺は簗田を軸に、地元車券と②久米良、③佐藤慎太郎を絡めていくことにした。彼女たちが簗田を応援するのに、裏切れない。なにしろチョコもらってるからな。
レースは深谷の最終ホーム・カマシに簗田が離れて、万事休す。最後、懸命に内を伸びてきた簗田だったが4着まで。
1着が深谷、2着・3着に福島の⑦新田祐大、③佐藤が入って、3連単は①⑦③で4170円。簗田が深谷から離れた瞬間のOL3人組の悲鳴ったら、言うまでもない。

その夜、彼女たちにもらったチョコで、おいしくスコッチウイスキーをすすらせてもらいました。ありがとう。
でもさ。俺はこうして一人になれる時間があるけど、簗田はどんなふうに過ごすんだろう――と思いを馳せた。
競輪選手はレースの前日から最終日まで、競輪場と選手宿舎に缶詰にされる。寝ているときも含めて、常に周りには選手仲間や関係者がいる環境。一人になれるのはトイレの個室だけだ。
同じ静岡の選手で決勝に勝ち上がった選手もいるし、ほかにも同県の選手が走っている。彼らへの振る舞いも求められる。自分のレースへの悔しさだけに浸っているわけにはいかない。
準決勝のレースにどう自分なりのケリをつけて、最終日のレースに臨むんだろうか。
追記:簗田は最終日の11Rで前受けから突っ張って、そのまま先行勝負。後ろを回った同県の先輩たちを1着・2着にして、本人は8着に終わった。彼なりのケリをつけたのかな。