7月13日は弥彦記念の場外発売。競輪場内のイベントステージでラーメン店の店主マサさん、MCの落語家さんが久しぶりに予想会をやっている。店は休みにして、常連のトミさんや俺も客席で楽しく見させてもらった。
「今日7月13日は、ナナ、イチ、スリーでナイスな日といいます。この予想会を見られたみなさんのための日ですよ」と、落語家の師匠がオープニングでぶち上げたけど、ここまでの結果は芳しくない。それに「ナイスな日」というのは知れ渡ってないなあ。2レース間をあけて、次は決勝の予想なので、いったんラーメン店に戻ることに。
予想会を見ていた、店の常連のトミさんと俺も一緒に引き上げてきた。すぐにマサさんが冷蔵庫からアイスコーヒーとおしぼりを出してくれて、フーッと息をつく4人。
ひとしきり反省会が続き、会話が途切れたと思ったら、さっきの外れ車券を見ながら、トミさんがそっと言った。
「競輪場に通えど 通えど なお当たり車券はひらめかざり じっと車券を見る」
俺とマサさんがプッと吹き出した。トミさん、どうしたんだ、唐突に。
元歌はいわずと知れた石川啄木の「はたらけど はたらけど 猶わが生活 楽にならざり ぢつと手を見る」。
昨夜、この歌を詠んだとか?(詠んだといっていいのか)
トミさんの解説がふるっている。実はひと工夫あるのだとか。それは結句の「車券を見る」。
自分自身の考えの浅さ、おろかさ、元歌の持つ虚無感だけではなく、自分の脳をフル回転させて購入した車券を、ただの紙切れにしてしまった謝罪がこめられている。同じ車券に生まれてきたのに、レースが終わった瞬間から運命が激変。的中した方は崇め立てられるのに対して、外れ車券は、車券自身にはなんの責任もないのに、ちくしょーとゴミとして捨てられてしまう。そういう運命をたどる外れ車券へのいとおしい愛情が表現されているんだとか。そんなに深かったのか、この歌。
俺とマサさんはそれを聞いて、またプッと吹き出したけど、隣に座っていた師匠は真顔のまま。「なるほど、私もその境地に達したいです。紙の車券自体に愛情を注ぐことを忘れていました」と…。師匠がそっと自分の外れ車券をトミさんに見せる。トミさんはその車券を見て、「外れた車券を示しし 人を忘れず」と言葉を返す。一握の砂じゃなくて、外れ車券かい!申し訳ありません、石川啄木様。
でも恐ろしいもので、車券の気持ちも考えて、予想するようになった自分がいた。弥彦記念の決勝はS級S班の脇本雄太、松浦悠士、新山響平の3強を軸に、末木浩二、武藤龍生を2着、3着に入れて買った。3連単の②③⑦-②③⑦-①②③⑥⑦を厚めに、②③⑦-①⑥-①②③⑥⑦も。結果は坂井洋のまくりに乗った末木が記念競輪の初優勝を決め、松浦、脇本が迫ったが届かず2着、3着。3連単は⑥③②で6万9040円もついた。末木の1着が買えない自分が情けない。
思わず、車券を丸めて捨てようとした自分に、自分自身が待ったをかけた。申し訳ないと車券を見てつぶやき、ゴミ箱の中に丁寧に置いた。