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直送!競輪場便り from 松山競輪場 中田拓也(広島127期)
インタビュー 2026.03.18

直送!競輪場便り from 松山競輪場 中田拓也(広島127期)

#競輪場便り

明るく、前へ

 男子のプロで「一生に一度のレース」と言われるのが「ルーキーチャンピオンレース」(ルーチャン)だ。同期トップによるプライドを懸けた戦いは、毎年ドラマを生む。127回生による今年のレースは、3月8日に松山競輪場で争われた。

 デビューしてまだ丸1年に満たない面々とあって、すべてのメンバーが普段は自力で戦っている。同県、同地区でもスタイルを貫き連係しないケースも多いが、伊藤涼介と中田は同じ広島。しかも互いに吉本哲郎門下だけに、自然と連係することになった。番手を選択した中田は「自分はロードレース出身。人の後ろで走ることに慣れているので」と、その経緯を説明してくれた。

 確かにロード出身ではあるが、たどってきた経歴は濃い。高校までは甲子園を目指して野球に打ち込んだものの夢は叶わず。その後、人気漫画『弱虫ペダル』を読んで自転車に興味を持ち、ロードの世界へ飛び込んだ。国内の名門チームにも所属し、2018年「ツール・ド・おきなわ」で7位に入るなど実績を残し、海外でも走った。22年には現在も所属するプロロードチーム「ヴィクトワール広島」へ移籍。そこで師匠の吉本と出会い、競輪選手への道が開けた。

 27歳で養成所入り。在所中は自治会長を務めたが、記録会では2、3回目が「赤帽」(持久力はあるがスピードに劣る)。競走訓練では7勝を挙げ、30位で卒業した。チャレンジデビュー初戦の佐世保で準V。そこから2場所続けて完全Vを果たすなど、滑り出しはまずまずだった。昨年末の伊東「レインボーカップ・チャレンジファイナル」で3着に入り、特別昇班を果たす。その「チャレンジファイナル」では藤田楓―伊藤―中田でラインを組み、3人で上位独占&特昇を決めたのは記憶に新しい。

 「ルーチャンの選考期間が昨年末までで、最後の場所の佐世保で決勝に乗れず、実は自分は補欠一番手のはずだったんです」

 だが、同期唯一の早期卒業生・市田龍生都が自転車競技の海外遠征のため不参加となり、中田に出番が巡ってきた。

 「もらったチャンス。貪欲に狙っていく」

 そう気合を入れて臨んだルーチャン。7番手に構えた伊藤―中田が赤板で上昇して一度前を切ると、後方で同期No.1の尾野翔一が落車。打鐘で強引に丸山留依―野中龍之介が叩き返し、さらに諸隈健太郎―長野魅切が反撃する、めまぐるしい展開となった。

 最終バックを7番手で通過した中田は内を突き、直線で伸びたものの、長野、野中には届かず3着まで。

 「丸山君と諸隈君が踏み合っているところを、伊藤君が踏み上げてくれた。脚はたまっていたし、内へ行かせてもらった。道中は野中君を飛ばしてとか、いろいろ考えていたが、結果として仕事もできていない。脚力も足りなかった」

 仲間を称える一方で、悔しさものぞかせた。

 養成所、ルーキーシリーズでぶつかった同期との争いは、ここでひと区切り。これからはS級を目指して、それぞれの戦いが待っている。

 中田は6月で30歳になるが、焦りはない。

 「オールドルーキーと言われていますけど、これからボクのピークが来ますから」

 そう、競輪選手としてはまだ駆け出したばかり。底抜けに明るいキャラクターも、スターの素質を感じさせる。まずは同門の兄デシ(年下だが)・町田太我のようなスケールの大きい先行選手を目指す中田。今後の走りが楽しみだ。

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