かつて特別戦線を賑わした牛山が今はA級戦で奮闘している。
2019年に、かねてから痛めていた左ひざ半月板損傷の手術を行うと、リハビリ期間中に交通事故に遭った。その代償で治療したひざの具合が再び悪化し、さらなるリハビリ期間を要しおよそ1年2カ月もの間、戦線から遠ざかった。復帰をしたのは2020年8月から。
それまでS級上位でバリバリ戦っていた男がまさかのA級陥落となった。その後は一進一退。今はS級点を取って復帰しても、点数が取れずにA級へとまた落ちる、いわゆる〝エレベーター状態〟が続いているのがもどかしい。
「前々期のA級は失格の影響だったんです。それとは関係なく、A級に2期(1年)続けていたこともありました。エレベーターになるとなかなか点数が上がらないし、上に上がっても安定しない。その辺の悩みがずっとあります。またS級に定着するには、まずは2期続けて取らないと。そんな気持ちで今は走っています」。去年の後期はS級におり競走得点は「97・82」点。「たぶん、(S級点は)取れたと思う」とのこと。今期は細心の注意を払いS級点ゲットへまい進していく。
牛山の師匠である武田豊樹(茨城・88期)も度重なる怪我に泣かされてきたが、そのたびに不屈のガッツで這い上がり、まだまだ第一線で活躍している。「師匠はすごいです。今年もすでに全日本選抜が決まっていて、ダービー(日本選手権)も出られそう。GⅠ、2本がほぼ確定って。会うといつも『お前、大丈夫か』って逆に自分が励まされています(笑)」
さて、1月小倉の決勝戦では同県の鈴木謙太郎(茨城・90期)をマークした。鈴木も特別戦線で活躍していた実力者。記者から「(ネームバリューがすごいあまり)この2人がA級を走っているのに違和感がある」と聞かれると「時代を感じますね。準決で連係した菅野航基(宮城・119期)なんて20歳も年下だったから(笑)。また上で戦うためにも、頑張らないと」と遠くを眺め、自らを鼓舞していた。