自在を極める
自力から自在、自在から追い込みへ。競輪選手の王道パターンではあるが、かつて気っ風のいい走りでバンクを駆け回った小川が、自在型への過渡期のまっただ中にいる。今年は節目のデビュー10年目、32歳になったが、後輩が続々と育つ中四国では、ビッグレースでも番手回りを選択するケースも増えてきた。
10月17日から行われたGI「寬仁親王牌」でも、小川は4日のうち3度、番手を回った。初日の一次予選4Rは、同県の先輩・阿竹智史を付けてのレース。自力勝負かと思われたが、GI初出場の梅崎隆介(長崎)が地区的に1人で「阿竹さんにお伺いを立てたら、付いても面白いんじゃないかと言われたので」と、西ラインを形成することに。意気に感じた梅崎は新村穣(神奈川)と叩き合いを演じたが、結果は不発。「出切れない感じだったし、阿竹さんが先に下りて位置を確保していたのが見えた。4番手に入り直して、阿竹さんと2人で行ければ」と、坂井洋(栃木)のまくりを合わせる感じで最終バックから踏み込み、はまった坂井に差されたが2着。レース後は「直線、長いっすね(笑い)」と頭をかいた。ただ、自在選手としての冷静な判断とキレのよさが光った。
2日目、二次予選11Rは河端朋之(岡山)に前を任せての一戦。最終ホームで落車が発生し、連結が外れる。さらにバックでも落車があり、はるか先を行く河端を必死に追いかけると、失格者も出て結果は2着。「よけただけだが、余裕があったのでよけられたと思う。脚は変わらないが、流れは向いてきた」とニヤリ。4年前の前橋「寬仁親王牌」以来のGI準決勝入りを決めて、やる気もグッと増した。番手回りが増えたことで、変わったのは練習の時の意識だという。「練習の内容自体はそんなに変わっていないんです。ただ、もがくにしても実戦を想定してやるようになった。いろいろなケースでどう踏み込むのか、そこが今までと違うところですね」と教えてくれた。
勝負の準決勝は10R。単騎での戦いを余儀なくされた。好位立ち回りを狙ったものの、最終バックは9番手。それでも諦めずに踏み上げると、直線外を伸びて4着。3着に逃げ粘った新山響平(青森)とは4分の1輪差。タテ脚健在をアピールすることはできた。最終日の特別優秀11Rは、前に佐々木豪(愛媛)、後ろに岩津裕介(岡山)が付く布陣。打鐘前に先制したが、眞杉匠(栃木)、山口拳矢(岐阜)のS班と、嘉永泰斗(熊本)がスキなく次々仕掛けて佐々木は後方に。大外を回った小川は6着。「並びが決まるのに時間がかかった。格上の岩津さんの前を回るなら、それなりに覚悟もいる。豪君も頑張っていたが、自分がちょっと見てしまった。それがなければもう少しいい着だったかも」と悔しがる。
シリーズを総括した小川は言う。「練習も、部活みたいにもがけばいいっていうのは終わった。意識を変えて今回、決勝が見えるところまではいった。手応えも収穫もあった。自力を捨てたわけではないし、目標がいなければ自力も出すが、先行回数も減っているし、そういう(番手回りの)番組になっていくんでしょう。そうなると普段の競走から信頼してもらえるように、見せるところは見せていかないといけない。経験も必要だし、一戦一戦大事に頑張りたい」。まだ立ったことのないGI決勝の舞台、そして「その先」を目指して、自在な走りに磨きをかけていく。