映画「怪物」を観た。この傑作を消化するには時間がかかりそうだし、観てすぐ、その作業を一人でする気にもなれない。どうしよう。午後3時。競輪でもするか。まだ2レースくらいは打てるし、ナイターだってあるし。そういえば、佐々木豪が小田原の準決勝に乗っていたな。場外発売していたはず。
5時までの休憩に入っている場内のラーメン屋に顔を出すと、トミさんと「婦人」と呼ばれる女性、それに店主のマサさんが話している。あいさつ代わりに映画「怪物」の話を振ると、「婦人」が「かんち~、かんち~」と笑いながら乗ってきてくれた。32年前に月9ドラマ「東京ラブストーリー」を書いた坂元裕二が、「怪物」でカンヌ映画祭の脚本賞を獲ったのを知っているんだな、さすが。隣の2人のおじさんはそんな彼女をポカーンと見ている。ここに来たら、競輪ってことか。
いつもはナイター専門の「婦人」だが、早めに来たのは小田原の最終レースのため。櫻井祐太郎が先頭で、荻原尚人、庄子信弘が後ろを固める12Rの準決勝。この宮城の選手3人で逃げて、佐々木豪に立ち向かうレースだ。故郷の宮城県の選手を熱烈に応援する彼女が熱く語っているそばでトミさんと目が合った。最近の名古屋、弥彦で鬼のように強い佐々木豪のことは1週間前にトミさんと話したばかりだった。
佐々木は6月末の名古屋で豹変している。1着、2着で勝ち上がって、14カ月ぶりの優勝を果たすと、続く弥彦は無傷で決勝に進出。決勝こそ5着だったが、ホームあたりからまくっていく迫力はよかったころのもの。しばらく佐々木を追って、荒稼ぎしようとトミさんと話していたけど、郷土愛に燃えるレディの前では、佐々木でどうしようもないよ、はさすがに言えないなあ。
レースは櫻井が逃げたが、6番手から佐々木がまくって圧勝し、2着、3着に伏兵の埼玉勢が入り、3連単は3万円。5着、6着、7着が宮城の3人だったから、「婦人」が悔しがること、悔しがること。でも実はトミさんも俺もこの車券は外していた。
次の日も競輪場に集合した「婦人」、トミさん、俺。昨日の悔しさを胸に決勝に挑んだ。「婦人」の狙いは、鈴木陸来が逃げて、番手の佐々木眞也と3番手の内藤宣彦の2車単裏表。この逃げるラインに昨日の宮城3人の無念を晴らしてもらいたいと、車券に念を込める。車券を当てることだけが第一のファンと、彼女の競輪の楽しみ方は違う。こちらは佐々木豪から2着、3着は石丸寛之、佐々木眞也、内藤へ流した。トミさんもたぶんそうだろう。結果は内藤、佐々木眞也と入って、2車単は2370円。佐々木豪は不発の7着に沈んだ。
ああ栄冠は「婦人」に輝く。そして彼女はいつもの言葉を叫ぶ。「これが正しい車券」。今回の彼女の戦い方を見せられると、納得するしかないな。
でも佐々木豪、次は頼む。